だいかぐら 海老一 染之助さん 太神楽 海老一 染太郎さん

1998年01月-月刊:介護ジャーナル掲載より

“おめでとうございまーす!”芸ひと筋、皆様の役に立ち、喜んでもらいたい!!

「おめでとうございまーす!」のかけ声とともに、傘の上でお銚子や玉がくるくる…といえば、テレビですっかりおなじみのご兄弟。落語家の父と三味線弾きの母に育てられ、終戦の年、兄が13歳、弟が10歳で食べていくために海老一海老蔵門下に弟子入り。以来51年間、芸ひと筋で、老若男女を問わず幅広いファン層を持つ。最近は高齢者用の紙おむつのCMにも出演し、“お呼びとあらば幼稚園から学園祭、老人ホームまで”どこにでも出向く根っからの芸人兄弟だ。海老一染之助さん当時63歳、海老一染太郎さん当時65歳。

◎年とともに味が出る伝統芸=稽古には安室奈美恵も取り入れて

芸に限らず、兄弟で仕事をするということには、いい面と悪い面がある。
お兄さんの染太郎さん(写真左)は、「私生活ではほとんど喧嘩はしません。むしろ舞台の方で意見の食い違いとかがありますね。芸をやる役と脇であおる役とでは少し考え方が違うからね。でも、他人同士だと両方とも目立とうとするでしょう。本来は芸をやってる方を目立たせなきゃいけない。脇で冷やかす僕は“頭脳労働”、染之助は“肉体労働”です」という。
そして、やはり芸は稽古が命。「ふだんはね、安室奈美恵だとかマイケルジャクソンとか新しい音楽も聴いて勉強してます。ディスコにも行ったし、今でも学園祭なんかに呼ばれますから。ただスタイルは日本の形をしてますから、日本舞踊の稽古もします」と染之助さん。
また、同じ芸をしていても、年とともに味が出てくるという。「ことに日本の芸は年とともに良くなります。体力は落ちますから迫力は出せませんが、同じことをやってもお客様に訴える力が出てきます」。
子どもの頃から、芸人である親と師匠からみっちり仕込まれてきたというおふたり。同時にそれはまた家計を支えるためでもあった。厳しい社会状況と、いい指導者がいたこと、その両方が、今の染之助・染太郎をつくったのだという。
「この芸のルーツは『太神楽』といって、伊勢神宮の神主さんがご神体を持って出張して、お札を配って歩いた。その時に、アトラクションをやったのがルーツなんです。それがだんだん芸能化されていったんですね」と染太郎さん。現在、この伝統芸を正統に引き継ぐ芸人は、日本中でこのふたりのほかにはいない。
では、子どもを後継者にしたいとは思わなかったのだろうか。「やっぱり親というのは自分が通れなかった道を通らしたいものなんですね」と染之助さんはいう。「兄弟ですけど、弟の僕は芸は抜きん出ていて、兄の染太郎は勉強が割合できましたから、僕は自分ができなかった勉強を子どもに猛烈に仕込みましたね。芸を仕込む感覚でやっちゃった」と笑う。その結果、3人の子どもは全員大学に行き、それぞれ勤めについている。

◎病気を克服してかえって元気に=気力は大事だが余力も残して

色つやも良く、60歳には見えない染之助さんだが、実は1カ月間ほど、自立神経失調症と糖尿病に苦しんだ。「神経の疲れですね。仕事をしすぎて」。人を笑わせる仕事というのは、緻密な計算と神経のいる仕事なのだ。「自分が笑って楽しんじゃったらダメなんです。アマチュアの芸になっちゃう。そこに厳しいものがないとウケないんですね」。
しかし、病気を克服してかえって、今は元気になったという。「あたしは棒を口にくわえて土瓶乗っけたりするでしょう。今まで60歳過ぎまでそういうことをした人はいないんですよね。なぜかって、みんな歯が抜けちゃうんです。あったってグラグラして支えられないとかね。煙草が一番歯に悪いんですよ、ビタミンCを破壊しますから。だから煙草をやめて、なるべくビタミンCを取る、歯周病などにならないように気をつける。それから、お酒もあまり良くないので飲まない。だから歯は丈夫ですよ」。
そして基本は、めいっぱいがんばらないこと。
「10のうち7ぐらいで止めて、後はゆったりすることが大事ですね。今日は元気だから若いもんに負けるか、と思って全部やっちゃうとだめ。気力を持ってやるのは大事だけど、3分は、余力を残しておく」。染太郎さんも「健康の面はね、自分で気をつけないとね」と、こちらは歯は関係ないからのんびり。

◎明るい芸で引っ張りだこ=歯がなくなっても芸は続ける

おふたりが出演している某社の紙おむつのCMも、評判は上々のようだ。CM出演の依頼が来た経緯について、染之助さんは「うちはこういう伝統芸の割に、今でもヤングに知られていて、ウケるんですね。でも、『履くパンツ』は高齢者のイメージでしょう。そこへうちを持ってきて、明るく履こう、というのじゃないですかね」という。「芸人も50年やっちゃうと、お金がほしいとか名誉がほしいというより、何か役に立たなくちゃいけないというのが、一番大きいんですよ」。染太郎さんも「人に喜んでもらえるようないいものはやっぱり出たいね」。
見てわかる、しかも楽しい芸だから、年齢性別に関係なくあちこちからお呼びがかかる。とはいえ、命ともいえる歯がなくなってしまったら?「ええ。歯がなくなったら土瓶の芸は無理ですけど、ほかの芸もありますから」。全国津々浦々、陽気な芸人兄弟の活躍はまだまだ続く。

※海老一染太郎さんは、2002年2月に逝去されました。享年70歳。