笑福亭 鶴瓶さん 落語家

1999年03月-月刊:介護ジャーナル掲載より

当たり前に育てば、親の老後みるのも“当たり前”

“お笑い界の天才”と呼ぶ声の多い鶴瓶さんを“トコトン客を楽しませるサービス精神”の持ち主として称える人も多い。“関西のド芸人”と形容する人もいる。しかし、現実の彼の印象は“優しい”のひと言に尽きる。もしかしたら20年も浮沈の激しい芸能界の第一線で活躍し続けているのは、この優しさゆえではないだろうか…。彼は明かす、なぜ優しいのかを…(当時47歳)。

◎兄弟の絆強めた母親の在宅介護=ヘルパーさんも評価してあげないと

「小さいころから、おかあちゃんに『アンタ優しい子やな』と言われ続けたんですわ。ほかの人にも『この子はホンマに優しい』っていうんです。それで『オレ、優しい子やねん』と思い込んで、優しくないことできんようになってしまったとこあります。おかあちゃんの策略やったんかもしれまへんなあ」。
その母親を亡くして4年になる。10年の病の後のことだったとか。
「倒れて手足が不自由になりましたが、78歳で亡くなるまで呆けはありませんでした。ですから自分の意思を通せたので幸せだったと思います。最初は病院を転々として、後は自宅療養。その時に『おかあちゃん、好きなところに行き』っていったら、『おにいちゃんのところに行きたい』。僕は五人兄弟の末っ子で、母がおにいちゃんというのは12歳上の長兄のことなんです」。
鶴瓶さんも母親を自宅に迎え入れたかった。迎え入れる準備さえ整えていた。しかし母の意思を尊重する。そして長兄の後方支援に力を注ぐ。姉たちもそれにならった。長生きしたことを嘆く老人が多い。その最大の理由は、じゃま者扱いだという。長生きは悪だという風潮もあるのが悲しい現実というのに…。
「母と兄の関係性がうまくいかないと長続きしませんから、そのためにできることをやっただけです。ウチの場合は母子とも遠慮のないところが良かったんでしょうね。だってね何日か僕とこに母が来ると、兄から『おかあちゃん、慣れんとこで勝手が違うから、そろそろ帰してや』と電話。母もソワソワして、『帰るわ』です。それにしても、ほかの子どもと違い、長男と母親の関係というのは何かありますなぁ〜」。
やがて母の最期の日がやってきた。兄弟は母親の生命維持装置を停止するかどうかの決断を迫られたのだ。相談を受けた鶴瓶さんはこういった。
「おにいちゃんが決めたらいい、といいました。心からそう思ったから…。兄弟みんな同じ気持ちやった。そしたら、兄が母の耳元で『おかあちゃん、もうええなあ〜』と。それで母は逝きました。母が病気になるまでは、長兄とは12歳の年の差があって、けんかしたり、遊んだり、話したりしなかった。兄という実感があんまりなかったんです。ところが、それ以来、よく話したし、尊敬するようになりましたね。義理の関係も含めて兄弟の絆が深まったと思います」。
うらやましい話である。経済的な余裕という裏付があったとしても、それだけで長期の自宅介護に耐えきれるものではないはずだ。老親の介護から、家族が離散してしまう例にはこと欠かない。この家族が特別なのだろうか…。「他人だったらしませんよ。親だから『やってやった』なんて思わない。兄も『看た』のではなく『看たい』といっていた。当たり前でしょう。ウチの両親が特別な育て方をしたわけじゃありません。当たり前のことを教えられ、当たり前に育てられただけ。そこいらに空き缶を拾てたらあかんとか、水を出したら止めるといったレベルのね。子は当たり前の気持ちで育てなあきまへんで」。
親の介護は家族が基本だと主張する鶴瓶さんだが、もちろん社会の援助の必要性も認めている。
「ヘルパーさんにはお世話になりました。でもまだまだヘルパーさんに対する社会的評価は低いようですね。ちゃんとした仕事をする人に、ちゃんとした報酬を与えないというのはもっとも不平等なことだと思います」。

◎1年間の疑問をひとり舞台で噺す=“介護”という言葉にも疑問抱く

周りを笑わせるのが大好きだった少年が選んだのは、笑わしてナンボの世界。大学を中退し、関西落語の重鎮、笑福亭松鶴師匠に人門したのだ。やがて伝統芸能の枠を越え、ラジオ、そしてテレビで大活躍するようになる。現在、レギュラー週8本。まさに天性のお笑い芸人としかいいようがない人気だ。彼のしゃべくりの世界に没頭できるひとり舞台『鶴瓶噺’99春』は4月24日〜28日、東京・青山円形劇場で開催される。
「毎年、1年間にあったこと、疑問に思ったことを書きためてるんです。昨年は、あったことが200と少し。疑問のほうは96個。それを素に話をしています。疑問といえば…“介護”という言葉を国語辞典で探したのですが、ないんですね。広辞苑にはありましたけど。これだけ使われ、関心を集めている言葉なのに、なんでですかねえ」と問う。
確かに、介護保険の導入が間近だというのにヘンな話だ。それにしても、この好奇心と学習意欲には驚く。ただ者ではない。彼の優しさは、何事に対しても抱く興味、人知れず費やす努力、時代や流行に妥協しない頑固さ、そして不公平や欺瞞を許さない強さが秘められていたのだ。それこそ本物の優しさというものだろう。