宇野千代さん 作家・きものデザイナー

1996年01月-月刊:介護ジャーナル掲載より

傲慢さを捨て、自然体で生きる今も一日の始まりは着物選びから

さくらの着物がトレードマークで、いつもほほえんでいる姿が印象的な宇野さんは、明治30年生まれで今年満99歳(当時)。白寿を迎えた今も現役で仕事をこなしています。
大正10年から作家活動に入り、「おはん」で文学賞を受賞後、「色ざんげ」「生きて行く私」などの代表作を発表する一方、さくらの花をモチーフにした着物のデザイナーとしても、そのセンスを発揮。私生活でも4回の結婚・離婚と波瀾万丈でしたが、常に女としての魅力を失わず、毎日を愉しく生きる生活の達人です。その“爽やかに生きる術”をインタビューさせていただきました。

◎毎日歩くことが健康法だそうですね。

歩く事は、健康を保つ基本だと思います。でも、私の住んでいる青山辺りは、もうずっと前から自転車の往来が激しくて、のんびり散歩するのは無理なのです。だから私は家の中をひい、ふう、みい、と数えながらゆっくりと歩いています。
私の家には、30畳ほどの大きな部屋があるのですが、その部屋のまわりを歩くのが私には丁度いいのです。
疲れたら、タンスの角につかまったり、柱に背をもたせたりしながらね。
決して無理をしないことが大切です。その日の自分の体調にあった分だけ歩くのがコツなのです。
それから、毎日の食事も健康に関係がありますね。私は昔も今も、自分が好きな物だけ食べてきたのですが、それはいわゆる粗食で、野菜が中心のおかずに干物やじゃこの魚が少し。お肉と生の魚はいただきません。
この単純明快な食事が良かったのかも知れませんね。

◎離婚や倒産など、最も苦境に立ったとき、どのようにきり抜けるとよいのでしょうか。

どんなに辛くても、そこのところを通り抜けなければ、どうしても前には進めないという事が、人生には何度もありますね。そういう辛い時、私がどうやってきり抜けたか、お話しましょうか。
辛い、と思う状態になった時、私はまず、その辛いと思う事から逃げない姿勢をとります。どういう事かと言うと辛いと思う事の中に、無心で体ごと飛び込んで行くのです。まるで待ち構えていたかのような顔をして、さっとその中に飛び込むのです。すると、その辛いことにだんだん自分の体が馴れてきます。
不思議な事ですが、体が馴れてくると、辛いこともそれほどには辛いことに思えなくなってくるのです。嘘だと思ったら、一度、試して見て下さい。
困難な事から真に逃げるためには、そのまっ直中に突き進んで行くしかないのです。

◎125歳まで生き続けられるお気持ちとのことですが、今までと、これからの生き方とは違うものがありますか。

少し前までは、人間は仕事をして前向きに明るく暮らしてさえいれば、心身共に元気で長生き出来る、と考えていました。でも、この頃になって、そういう考え方はちょっと傲慢だったのじゃないか、と思うようになりました。それが、百歳近い私の嘘のない実感です。
今の私は周りの人達の手や、お医者様の力を借りながら、毎日を生きることで精一杯です。最近つくづく思う事は、人間は自然の法則に従って生きることが一番良い、と言う事です。
若い時から、あれこれ健康法を試し、体も鍛えたものでしたが、今、私が最も大事だと思うのは、自然体で生きるということです。つまり、自分の本能の声を素直に聞き、それにしたがって生きるという事です。その本能の声の中には自分ではいいと思っても、他人にはなかなか納得してもらえない事もあります。
でも、いいではありませんか。自分がしたいと思うことが、正しい事なのだ、と言っても、この年齢になったら、許してもらえるのではないでしょうか。

◎桜をモチーフにいろいろと商品化されていますが、今後はお年寄りや病人のウェアにも挑戦されると伺いましたが。

97歳になる今も、私は毎朝、今日はどの着物を着ようかなと思いめぐらしながら、寝床から起きます。まるで若い娘のようだと、笑わないで下さいね。その日何を着るかを真剣に考えることは、女として、いえ、人間としてとても大事な事だと思いますよ。人間以外の動物は衣裳を着けませんからね。
さて、人間は身につけるものによって、気分を左右されるものです。私は病院に検診に行く時、わざと明るい色目のものを着ていくのですよ。
一度、地味なものを着て行って本当に病気になったような気がしたことがあるからです。同じ事が、お年よりの着るものにもいえると思います。
多くのお年よりは、地味で目立たない色柄のものを着ていますが、もっと明るく、軽やかなものを気楽に着ていただきたいな、というのが私の日ごろの感想です。
いつか、ご縁があれば私自身が身に付けたいな、と思うようなエプロンや、寝間着や、室内着などをデザインしてみたいな、と思っています。
柄ですか?もちろん、幸福を運んでくれる桜がいいですね。