山田 洋次さん 映画監督

1996年09月-月刊:介護ジャーナル掲載より

老人冷遇の社会が引き起こすさまざまな問題湾岸戦争や住専への税金投入を福祉サービスに

シリーズ48作を数え、のべ8000万人が観たという日本で唯一の国民的映画「男はつらいよ」の生みの親である。その確かな『味』はファンを捉えて離さない。
「いつものおいしさを保ち続けるには努力が必要なんです」と監督は26年間を振り返る。
他に「家族」、「幸福の黄色いハンカチ」、「学校」など話題作、受賞作も多い。
定年を意識する年齢を迎えて、それを取り巻く社会状況や福祉行政に対して怒りを突きつける(当時64歳)。

◎老人が尊敬されない悲劇的な社会

定年退職した友人を見ていても精神的にのんびりしていないですね。
ひまができてもどう使っていいのかわからないし、今の日本ではひまな人を無視する、役に立たないとする偏見にぶつかってしまう。
要するに知識や見識を持った年寄りが尊敬されなくなった社会です。
これは高度成長が生んだ悲劇的な現象のひとつじゃないでしょうか。
こんなに働いて日本の経済力をつけた人たちが粗末に扱われることを、国や社会に対してもっと怒るべきだと思います。
今、60過ぎの老人が引き受けてる、農業や漁業を含めた現場的な仕事を投げ出したら困るんじゃないですか。
一度ストライキでもやってみたらいいと思いますよ。
そしてこんな社会だから、社長がいつまでたってもやめないという老害が起る。
やめれば一介の市民、封筒に貼る切手の種類もわからないような情けない状況になる。
だから住専、薬害といったバカな問題が起るんです。トップの人たちもどこかヘンなんですよ。
僕は今、幸運にも仕事をしていますが、完全になくなったら呆然とするだろうし、いずれ仕事は減ってきます。
生活のペースを変えなければいけませんが、何かをしなきゃ1日が終わらないのではなくて、空や花を眺めたりして1日は過ぎていくはずなんです。
なんていうか自分自身と向き合う習慣を身につけるということでしょうか。

◎ボランティアを教育に建物でなく人にお金を

ボランティアすれば単位がとれる。日本も早くそうなってほしいですね。
この冬、映画「学校2」のロケで旭川へ行きましたら、雪おろしは定年後のおじさんがやるという。
危険で体力のいる仕事です。
その町に若者がいないかというと高校も大学もある。
なぜ彼らにできないのか、学校として取り組めないのか。そんな簡単なことができないのは、とても間違っている。
行政に対しても、なぜもっと人にお金を使わないのかと思います。
りっぱな介護施設ではなく、介護する人にきちんとした給料を払うべきです。
僕たちはそれができる税金を払ってるはずです。
北欧では子が親の介護をすると国から親に給料がでるという。
日本ではうその申告して金だけもらう人がでるからできない。
もちろんそれは防がなきゃいけないけど、湾岸戦争に10兆、住専に何千億なんてバカな金を平気で出す国だから、その程度のことは大目に見てなんでもないはずですよ。

◎国立の映画学校を日本に、エネルギッシュな運動にしたい

ほとんどの外国には映画と演劇を学ぶ大学があります。
台湾の映画が最近、力をつけてきたのは、そこで勉強した人たちが作ってるからです。
日本の演劇は長い伝統があるにもかかわらず、国としての学校はない。
だから国立の映画大学をと、ことあるごとに言ってるんですが、まだ何も進んでいません。
政治家に働きかける、調査費を国会に計上させるといった手順が必要です。
こういう運動は映画の未来を真剣に信じてないとできません。
「もう映画はだめだ」なんてぐちを聞いている状況からは、エネルギッシュな運動は生まれないですね。