やなせ たかしさん 漫画家

1996年10月-月刊:介護ジャーナル掲載より

妻を亡くし、がん治療、医療の現状に不満ありアンパンマンを通し、本当の正義を伝えたい

「アンパンマン」の作者、「てのひらを太陽に」の作詞、叙情とリシズムがテーマの個人月刊誌「詩とメルヘン」の編集長…漫画家、絵本作家、詩人とさまざまな才能を持つやなせたかしさん。
「詩とメルヘン」ではカットも詩もすべてをひとりでこなす編集長として25年目になる。
どの作品もあたたかく、美しく、息長く人々に受け入れられてきた。
晩年を迎えて益々忙しいと話すやなせさんの医療健康観、正義観、老後観(当時77歳)。

◎医療の現状に不満あり丸山ワクチンの認可を

3年前、奥さんを乳がんで亡くしたやなせさんは、医療の現状に大いなる不満がある。
認可されていない丸山ワクチンだ。
これは1日おきに打ち続けねばならず、自分で打つことは禁じられている。
病院での待ち時間など、めんどうなことが多い。手術し、あと3ヵ月と宣告されたにもかかわらず、ワクチンを打ち続けて6年が過ぎたが、「治ったからもういいわ」と行かなくなった。
「治っている人もいるし、副作用もないんだから認可すべきだし、せめて自分で打てるように許可すべきです」。
がんになったら、抗がん剤と大病院はお断りと決めている。
「抗がん剤の辛さは女房で知ってるから、あれをやるならホスピスへ行く。
大病院は細かい治療ができないと思うし、待つのがたいへん。
今の医療の一番ダメなところは、薬を個人別に考えないところだね。
女房は血管が細くて、輸血したら破れた。僕は麻酔薬が効き過ぎる。
大人、子供なんていう大ざっぱな分けかたじゃだめですよ」
。患者を呼ぶために建物をきれいにする、新しい機械を入れる、稼がなきゃいけない、薬を出す、検査をする…すべて悪循環、今の厚生省も信用できないと、やなせさんは、手きびしい。

◎子供にとっての第一義は食べること正義とは「生」「食」を助けること

大ヒット作「アンパンマン」は描き始めて25年、アニメ化されて8年。
5万出ればヒットという漫画ビデオの世界で何と350万本を売上げ、絵本は1600万部を数える。
今夏、故郷の高知県に「やなせたかし記念館・アンパンマンミュージアム」(下は展示作品の一部)が7月に開館した。
好きなアンパンをモチーフにしたのは、「子供にとっては、まず食べることが大切。
飢えている子に行儀よくしろと言っても無理。盗んででも食べるでしょう。
正義を行うんだったら、まず安心して食べられること」というポリシーから。
「悪をやっつけるのが正義だと誤解されている。けれど、原爆を落とせば赤ちゃんも死ぬ。それが正義の戦いとは言えないと思う。
本当の正義とは、生きるのを助けること、食べることを助けること」。
アンパンマンは、自分の顔をちぎって差し出し、傷ついてしまう。
「ウルトラマンは傷つかないけど、正義を行うアンパンマンは傷つくこともある」。
売上げの秘密は、そんなアンパンマンの愛を子供たちが感じているからではないだろうか。

◎忙しくなってきた晩年楽しく楽しく生を終えたい

新聞社編集部、百貨店の宣伝部等を経てフリーの漫画家になり、やがて作詞や絵本作りへと仕事の分野を広げてきたやなせさんだが、奥さんを亡くし、落ち込んで1年はだめだったという。
「けれど、泣いててもしょうがないなとそのうちふっきれてきた」そして、77歳を迎えて「仕事は増える一方」だそうだ。
「これは、ある種の運に恵まれたんだね。
残り時間は貴重だから、どう死ぬかということだけで、金も名誉もいらない。
楽しかったなあと言って死んでいきたい」。
人生は晩年が勝負といわれるが、80歳近くになって、多忙で充実した毎日を送れるなんて、なんと幸せなことだろう。羨ましいかぎりである。