米長 邦雄さん 棋士

1995年05月-月刊:介護ジャーナル掲載より(当時51歳)

「将棋を指して笑い合えばいじめは消える。 相続税は老人のために」

プロ生活32年。これまで数々のタイトルを手中にした永世棋聖の米長邦雄さん。
「自分の定年ラインは、実力のバロメーターが下がったとき」とクールに見すえ、そのときが1年でも遅くなるようにと努力を続ける51歳。
現代将棋のあり方からいじめ問題、介護や相続税についてユニークな視点で語る。

◎早く強くなる時代を懸念笑いと謙虚さで運をつかむ

将棋の指し方には性格が出ると言われるが、「僕はその人の勝負哲学というか信条が出ると思います」と米長さん。
「さわやか流」とも「泥沼流」とも称される棋風は、“最善手”にこだわらないところからきている。
「この局面なら絶対にこれしかないという最善手があるんですが、その最善手が必ずしもひとつじゃない場合があって、そのときは最善手にこだわらずに珍しい手を指すこともあります。
勇気というより遊び心ですかね」米長さんがプロになった32年前と比べると、将棋のやり方はずい分変わってきたという。
「我々の時代は、試行錯誤しながら自分のものをつかんでいきましたが、今はデータの時代です。
一番強い手をいち早く吸収して、いち早く強くなろうというわけです。
それはそれでいいけど、弱くなるのも早いんじゃないかと心配しているんです」年を重ねるにつれて肉体も衰えるし、苦しい局面にぶつかることも出てくる。
今の若い人は将棋だけやっていられる環境で育っているから、そこに違うファクターが入ってきたときが問題という。
勝負に運はつきもの。
誰しも運を呼び込みたい。
それには「笑うこと。
そして謙虚になること」と意外にも思える答えが返ってきた。
「笑うことで勝負に油断や楽観が出てはいけませんが、笑いを忘れて固くなったり神経質になる方がもっと悪い。それほど笑うってことは大切なことです」

◎奥深い対話形式の将棋でいじめはなくなる

縁側で将棋盤を囲むといった光景は町から消えてしまったが、テレビで将棋を見たり、テレビゲームで将棋をしたりと、最近はファンの質が変わってきた。
車社会になり、人間と人間が話をする場がなくなったからと米長さんは指摘する。
「本来将棋は、一対一で行う対話形式の勝負。
お互いの主義主張が一手ごとに現れて最後に決着がつく。
単純なようで奥が深いものです」。
いじめだって、将棋を指すような学校であれば、起こらないはずという。
「要は子供同士が将棋でも指して笑ってたらいいんですよ。そこにつきる。
将棋的なものをやる教育の場が少なくなってる、それが陰湿ないじめにつながってるわけで、教師や教育委員会がどうのなんて、関係ないですよ」

◎介護はほほえみから相続税は老人のために

介護にも「やはり笑いが大切」と米長さん。
「深刻な状況の中でご苦労なさってる方は多いでしょうが、ほほえみはあらゆる看護にまさると言われるように、これにつきると思います」政府への提言として「相続税は老人のために使うべし」との持論がある。
「親心として財産は、すべて子供に残したいと思うものでしょう。
けれどそれを国が横取りするんだから、それなら仲間である年寄りのために使ってほしいということなんです」