観光では味わえない自分の足で登る喜び健康が続くかぎり、山登りを続けたい
1975年に世界最高峰エベレストに、女性で世界初の登頂に成功した田部井さん。
以来、キリマンジャロ、マッキンリーなど世界の山々に挑み、7大陸最高峰を制覇した世界初の女性登頂者となる。
現在も、年に3〜4回海外登山に出かけ、1年のうちの3分の1を海外で過ごす。
人一倍旺盛な好奇心と「好きなことをして死にたい」という人生観が彼女を山に駆り立てる。
◎海外旅行経験豊富な高齢者と山を愛する気持ち広める活動
“命がけの冒険”と映りがちな登山だが、田部井さんはさらりと否定した。
「マスコミの影響で危険なイメージが定着したけれど、今は高齢者登山も盛んですし、基本的には2本足で立てる人なら誰でもできるスポーツです。
私自身、スポーツは苦手だったし、体育もだめでした」。
交通事情の発達や旅行会社などの参入により、登山ツアー企画も豊富になった。
かつて危険だった登山も、今では海外旅行並みに気軽に楽しめるようになったという。
田部井さんは、登山家としての活動のかたわら、山岳環境保護団体・日本ヒマラヤン・アドベンチャー・トラスト代表を務め、希望者とともに登山を楽しむ。
先日も77歳の高齢者とともに、ニュージーランドの山に行ってきたところだ。「海外旅行経験の豊富な人が多いんです。南極も北極も行った方で、65歳から登山を始めた方もいますよ。
そこまで夢中になるのは達成感があるから。観光地を歩くのとは違います」。
◎最後に残るのはその人の歴史「ああ面白かった」と死にたい
田部井さんがエベレスト登頂に成功した70年代当時と現在とを比べると、隔世の感があるという。
酸素ボンベは、かつて約7㎏だったのが、現在は5㎏程度。食料も装備もぐんと軽量になった。
しかし、海外登山が楽になったとはいえ、やはり過酷な面も見逃せない。
標高3,500mくらいから高山病の症状が表れる。
割れそうな頭痛、肩が凝る、眠れない、食欲がない、吐き気、倦怠感。突然、生理になってしまう人もいる。
かなりの腕力が必要な場合もある。
「でも、登山は女性に向いている面も多いです。諦めないことや、持続力、経済観念も大事です。
女性は、自分のお財布からお金を出す感覚で現地で交渉できる。
男性は値切るのは抵抗があるのか、あとでぼやいている。男は見栄を張って生きてますね(笑)」。
登山は、精神面にも大きな影響を与えるものだという。
「知らないことを知る」という純粋な驚きが田部井さんを謙虚にし、さらに山へと駆り立てる。
「50年間生きてきて、知らないことがまだまだたくさんある。それを知るだけで登山する価値があると思う。
色々な国の生活や文化に触れて、自分たちの生活を見直した。
ものを大事にするようになったし、文句や愚痴も少なくなりましたね」。
田部井さんがエベレスト登頂に成功した当時、世間の目は彼女を登山家として賞賛するだけでなく、家庭を持つ主婦に対する非難にも似た驚きを含んでいた。
だが、身内の協力に支えられたこと、特にご主人がたまたま非常に協力的だった幸運に感謝こそすれ、世間の常識を気にしたことはない。
「人の評価で生きているわけじゃないですから。
人が限られた時間で残すのはお金やものじゃなくて、その人が歩いてきた歴史だけでしょう。
ならば、好きなことをやっていきたい。
健康であるかぎり、あちこち見て歩いて、ああ面白かったと死んでいきたい」という。
◎5本の足指で地面を踏む普段はく靴こそいいものを
田部井さんの健康法は、ストレッチと腹式呼吸法と足のマッサージ。特に足は大事にする。
身体中の空気を筋肉がふるえるほど吐ききり、全身に酸素がいきわたるのを感じるのが朝の習慣だ。
足のツボのマッサージは3年ぐらい前から毎晩続けている。
おかげで、頑固な肩こりも解消した。
足の裏や指を丹念にもんで血液の循環を良くして、翌日に疲れを残さないという考え方だ。
下山の後にも、メンバーでお互いにマッサージしあうという。
「インドネシアの現地の人を見ると、木の根をつかむようにして歩いているんですね。
5本の足指がきちんと地面を踏みしめている。
そのほうが踏ん張れるし、歩きも安定する。
私たちの身体に無駄なものはついていないということなんですね」。
靴にも気を使う。
「健康のためには、普段一番長くはいている靴にこそお金をかけた方がいい」という考えだ。
だから、子どもたちがはく学校の運動靴も気になる。
自身の靴は、シューフィッターに頼んで、靴の中で足の指がきちんと開くように作ってもらう。
無論、ハイヒールははかない。ハイヒールをはくよりも山に登るほうが魅力的なのだから…。
「日本にも、まだ登っていない山がたくさんあります。
海外では、いろいろな国の最高峰に行きたい。
今年はパキスタン、バリ島、北朝鮮の山に行く予定です」。