鈴木健二さん 熊本県立劇場館長

1994年05月-月刊:介護ジャーナル掲載より(当時65歳)

ボランティアを人生の願いとして

テレビの名司会者として、ベストセラー「気配りのすすめ」の著者として、全国に名を馳せた鈴木健二氏は今65歳。
定年後、熊本県立劇場の館長に就任し、6年目を迎えた。“行動する美しい劇場をめざして”のキャッチフレーズで、県内を駆け巡って各地に眠る伝承芸能を復元したり、障害者を一堂に会したコンサートを開くなど活動は精力的だ。
まだまだ現役の元気人の老齢観は「人はみな美しく生きたい」。

◎ボランティアを人生の願いとして

鈴木氏の人生におけるキーワードは、「ボランティア」といっていいだろう。
NHK時代からも老人ホームで話をしたり、耳の不自由な子供達と接したりといった活動を陰ながら続け、「定年を迎えたら自然の豊かなところでボランティアを」と思っていたそうだ。
きっかけは、終戦直後の旧制弘前高校時代に、奉仕活動に訪れた社会福祉施設で、12〜13歳の精神薄弱の少女と出会ったことだ。
少女は凍えるような寒さの中で、68人分の洗濯を一人で朝から晩までやっていた。
「その姿を見て、人間は『自分はこれでいいのかという反省に基づいた向上心』と『自分以外の人に何ができるのかという奉仕の心』この二つを生きがいとするのだということを教わったのです」。
そのときの感動は消えることなく、「いつかあの子のように生きたい」と願うまでになっていた。
昨春、自らが3年をかけて企画制作し、700人の障害者と900人の健常者が協力し、2,200人の観衆とともに大合唱した「こころコンサート」は、その少女へのレクイエムでもあったという。

◎老人こそ意欲的に、心開いて、美しく

館長就任後は、1年かけて全県下、98市町村をたんねんに歩いた。
「東京一極集中という最悪の行政がもたらした最大の被害である過疎」と高齢化、後継者不足を見た。
その中に神楽などの伝承芸能が残っていることを知り、「テレビ36年間にはなかった異質の文化で、日本人の根源に触れる思い」と感激。
しかし、それすらも過疎の中でつぶれようとしている。
「けれど、それを回復させる文化的予算が日本には全くないのです」。
しからばと鈴木氏は、熊本県立劇場文化振興基金制度を設立。県内で得た講演料や原稿料など氏の全収入をつぎ込んだ。
5年間で1億6千万円。
まさに実行の人である。
そして11の村おこしを実現させた。
文楽人形浄瑠璃を復元し、日本初の民間文楽劇場を誕生させ、半年に3万人もの観光客を呼ぶという快挙を、超過疎の村でやってのけたのだ。
「これに協力してくれたのは、村のお年寄りなんですよ。
生きる根源になるのは、何かをやってやろうという意欲。
やる気が、人生を決定するんですね。そのやる気を、まずお年寄りに持ってほしい。
年だから何もできないのではなく、お年寄りだからこそ何かをしなきゃいけないんです」。
それは挨拶ひとつでもいいと氏は言う。
「お年寄りの元気な声を聞いて、私もがんばろう、周りの人にそう思わせるだけで立派な奉仕です。挨拶の挨は心を開く、拶は相手に迫るという意味があるように、心を開き合うことが大事。
それがある限り人は老いない。
老いる恐ろしさとは心を閉じることなんです」やる気は身なりにも現れる。
「外国の老人ホームを見ると、お年寄りがみんないい洋服を着てますよ。
それは人生を楽しむためです。
日本の老人ホームどうですか?一年中ゆかた一枚でスリッパひっかけてるでしょう」

◎楽しみは20世紀初頭の芸術研究

「働けるうちは働きたい」という鈴木氏の日常は、年に2日しか休みがとれないほど超多忙。
月のうち半分は熊本県の公舎ぐらしで村おこしのため方々を歩き、日常塾という社会人のための塾も主宰している。
週1度は宿題の作文の添削で徹夜になるそうだ。
従って、「ゴルフや賭け事をする時間は全くありません」。
そんな鈴木氏が少ない余暇を利用して取り組んでいるのは20世紀初頭の芸術に関する研究だ。
「19世紀末から20世紀初頭に起こった芸術活動は、今日の芸術の基本を作っていて、その1つはチャイコフスキーなんかが作ったロシアのバレエ団です。そこではピカソが舞台装置を作ったり、ジャン・コクトーが台本を書いたり、マチスやサティが参加して、バレエ、音楽、演劇、美術、映画がひとつになって花開きました。
それらがお互いにどういう関係を持っていたかというのを調べているのが、実は私ひとりなんです」出版などの目的ではなく、「自分の楽しみとして」もう40年近く続けているライフワークともいえる研究。
いかにも勉強家の鈴木氏らしい。
そして、その研究が氏の物の考え方の基本になっていると言う。
それは、生きるということを美意識で考えたり、生きることは美しい、障害者も老人も人間はみんな美しくすばらしい才能を持っているという、精神性優位の考え方だ。
「健全な精神は健康な肉体に宿るという言葉は大嫌いです。
体は不自由だけど精神がしっかりしている人はたくさんいますよ。
『こころコンサート』で4,000人の参加者が知ったことは、人間はみんな同じなのだということでした」。
鈴木氏の人生観、老後観は高らかに歌いあげる人間讃歌に裏打ちされているのだ。