輪島 功一さん 元プロボクサー

1998年10月-月刊:介護ジャーナル掲載より(当時55歳)

自分に勝ち、自分にしかない才能を活かせ

人なつっこい笑顔が印象的な元世界ジュニアミドル級チャンピオンは、現在、後輩の育成にあたっている。
ボクサー候補者だけでなく、小学生から高齢者までさまざまな人が輪島ジムに通う。
6回タイトル防衛、6回敗退を繰り返した異色のリング人生から学んだ哲学は、人の心の育ちを支え、氏自身をつねに誇り高き元プロボクサーとしてたたえている。

◎挨拶から思いやり育てる教育が基本人に負けないものを持つことが大事

東京都西荻窪にある輪島功一スポーツジムで話を伺った。
インタビュー中も、練習のためにやってくるアマチュアボクサーたちがひっきりなしに、威勢の良い声で「おはようございます」と挨拶をする。
その度に、元世界ジュニアミドル級チャンピオンは生返事ではなく、「おう」「おはようっす」としっかり腹から声を出して挨拶を返す。
「挨拶は基本。挨拶から思いやりも育つ。
こういうことは、ちゃんと教えないとできないからね。
今の若い者は…といっている人間自身が若い者を教育していない。
怒鳴ったり、叱ったりすると若い者が寄りつかなくなるから、と何もいわない。
だけどね、俺もこれで気を使っているのよ。
挨拶して楽しいと思えるような挨拶をこちらも返さないと、身に付かない。
それで俺も大きな声で挨拶するの」。
元プロボクサー輪島功一は、昭和52年に引退後団子屋を経営しながらタレントとしてテレビ出演をしていた。
62年にジムを開設し、現在はタレント業もこなしながら、後輩の育成にあたっている。
日本ボクシング協会副会長も務める。
講演で母親たちを前に自前の教育論を説くこともある。
「親は勉強、勉強というけれど、子どもは親に似るんですよ、というとどの親も納得する。
成績よりも、何をやっても頑張る人間に育てないと。
これだけは人に負けない、というものを作らないと。
10科目全部50点じゃどうしようもない。ひとつ100点があればいい。
それを自然に見つけられるようにしてやる人間が必要なんです」。
成績の良さが頭の良さではない。
他人よりも秀でたものを持ち、そこで発揮される能力こそ本当の頭の良さと呼べる、が持論だ。
だから、誰にでも何かしらの分野で才能を活かせる可能性がある、と若い人たちを励ます。

◎タイトル6回防衛6回喪失の波乱人生「喧嘩するな、したら負けるな」

昭和43年に25歳でプロデビュー。ボクサーとしては遅いスタートだった。
それまでは建設会社の請負として肉体労働をしていた。
会社の近くにジムがあったのがきっかけで入団した。
当時、大卒が月給5〜6万円だった頃、何か商売をしようと思って半年で120〜130万円を貯めた。
金銭面での野心はなかった。
眠っていた才能が開花し、入団するとわずか4カ月でデビューした。
44年9月日本チャンピオン、46年10月世界チャンピオンとなり、“カエル跳び”で人気を集めた。
52年6月に引退するまでにタイトルを6度防衛したが、それと交互に6度タイトルを失う経験もしている。まさに浮き沈みの激しい人生だ。
勝者だけがもてはやされ、敗者はまったく省りみられない勝負の世界の常として、チャンピオンになると人が群がり、タイトルを失うと誰もいなくなった。
本人曰く「潮の満ち引きのよう」だったという。だが、それが人生と達観している。
会社勤めをする2人の息子さんには「喧嘩はするな。だけど、喧嘩をしたら負けるな」といっている。
知識はあるが応用が利かない若者が多い中、自分の身を守るだけの知恵は持たないと世間に通用しないことを教えたいという。
自身は喧嘩早くはなかった。喧嘩をすると、とことんまで相手を叩きのめしてしまう性質から、なるべく喧嘩をしないようにしてきた。
ただし、喧嘩をしたら負けない。
先祖の輪島一族は水軍だった。
相撲の輪島は又従兄弟にあたる。
血族由来の闘争本能が黙っていないのである。

◎プレッシャーに勝ってこそ本当のプロ

試合の前日に消えてしまいたいと思ったことはないのか聞いてみた。
「逃げたくなって当たり前です。試合の前日は3〜4時間しか寝られない。そのプレッシャーをハネのけなければダメ。強くなる人、偉くなる人はみんな臆病、繊細なんだ。考えれば考えるほど、細かく深くなる。自分の気持ちから逃げたくなる。そんな中でもいい仕事をするのが本当のプロです」。
ボクサーにつきものと思われている減量は、「一般受けするからマスコミが書くのと、負けた時の言い訳」にすぎないという。
自身は、85キロの体重を試合のときは69.8キロまで落とす。それで身体のキレを良くする。
「でも、俺はそれをベラベラいわないの」。
ダイエット法はごく常識的な方法だ。
肉類はなるべく避け、食事の全体量を減らして使うエネルギーを増やす。
「簡単です。でも、難しいことを一所懸命やるよりも、簡単なことを一所懸命やるほうがずっと難しい」。
淡々と努力し、それを他人に自慢しない。勝負に勝つ前にいかに自分に勝つか。
輪島氏はそれを実践し続けている。