室伏 重信さん 中京大学教授(元ハンマー投げ選手)

2000年05月-月刊:介護ジャーナル掲載より(当時54歳)

体力向上が高齢社会を変える!

『アジアの鉄人』と異名をとったハンマー投げの室伏さんは、オリンピックに出場すること4回、20年間もアジアのチャンピオンとして、輝かしい記録を残している。
この偉大な父の跡を継いで、現在は息子の広治さんが日本のハンマー界の期待を担っている。
スポーツを通じて自分を高め、体力が行動力に結びつくという室伏さんは『健康体操』を考案し、行動力を身につけたお年寄りを増やすことで高齢社会を乗り切ろうという趣旨から、各界の熱い視線を浴びている。

◎スポーツを通じて自分を高める喜びそれは、生きるうえでの大きな活力源

高校1年から41歳の直前まで、26年間も現役でハンマー投げを続け大記録を作ってきた室伏さんは、同じハンマー投げで現在の日本を代表する令息の広治選手とご自身の関係を、“二段式ロケット”にたとえて語る。
「もちろん私が一段目で、息子の広治が二段目という意味ですが。
やはり高校1年からハンマー投げを始めた息子は、98年には私の記録をもう超えてしまいましてね」と、目を細める。
広治さんがここまで成長したのは、父の姿を見ていた影響のほかに、本人の記録がどんどん伸びていったせいでは…と室伏さんは推測する。
「私もいろいろなスポーツをやりましたし、息子も同様で、最初は遊びでハンマーを始めたが、いいセンスを持っているなと感じました」。
今の時点の世界記録は86mで、広治さんは日本人が避けられない体重(筋力の量)の少なさというハンデがありながら、すばらしい記録を維持している。
「私はメダルよりも記録が大切だと思っています。技術を活かすこと。私が始めた頃の世界記録はまだ66mで、私が出場する前の1936年のベルリン・オリンピックなどは56mが優勝ラインでしたよ」。
室伏さんはいう。「実は、なぜ私は26年という長い間ハンマー投げを続けられたのかと考えたんですが、それはハンマー投げというスポーツを通じて“自分が高まっていく喜びがある”、つまりこの高まりが生きるうえでの活力源のひとつではないかとわかったわけですね。これはスポーツでも勉強でも、趣味でもみな同じことです」。
長い競技生活の中では当然スランプに陥ることがよくある。
日本のスポーツ界では精神力を重視した練習法がメキシコ・オリンピックの頃まで続き、室伏さん自身も努力にかかわらず最悪の結果に終わることを経験した。
だが、原因が精神や体力ではなく技術(体力をどう使うかということ)にあることに気がついて以来、スポーツ年齢のピークを超えた36歳以後にも見事な記録を出したそうだ。

◎“刺激”によって、身体と心は高められる“健康体操”で、みんなが活力ある老人に

さて、ひとくちにスポーツといっても、自分に本当に合った種目を選ぶことが大切である。
選ぶ基本となるのは、
①自らをより高める対象を見つけること
②体力・体型・センスという自分の素質を考慮することである。
体力ひとつとっても、持久力系か、瞬発力系かで得意な種目が変わってくるからだ。
また、“自己を高める方法”は、“刺激に順応させること”であると、室伏さんは強調する。
「それも少し高いレベルの、自分の目的に合わせた刺激が重要なんです。
このように、刺激に順応することによって肉体も精神もある程度、自分の思うように自分自身で変えることができる。こうありたいと思えば、そうなるんです。心も変えられる。
世界の一流選手たちも、やはり自らを高めるために日々努力しています。
また、たとえ目標が達成できなくても、その努力のプロセスに喜びがあるので、どうかあきらめずに、自分の限界までチャレンジしてほしいですね」。
今は指導者の立場にある室伏さんは、昨年の国連の『国際高年齢者年』の承認を受けた活動として、『ハンマー室伏の健康体操』を考案し、かなりの注目を浴びている。
「高齢者の体力アップを目的に作ったんですが、依頼が多くて。NHKでも放送しましたが、再放送してくれと。それだけ、多くの方の健康や体力に対する関心が高いんですね。私は普通のラジオ体操以上に、体力アップというものを考えてこれを作ったんです。この体操を通して、筋力や持久力、俊敏性、バランス、柔軟性を高めるような総合的体力アップが自分の行動力に結びつけば、私は成功だと思います」。
この新体操の目的は、
①現代人の体力の低下と高齢社会への対応
②だれもが簡単に体力をつけ、行動力を発揮できるようにすることにある。
つまり“体力”というのは“行動力”に結びつくので、今後老齢人口が増えても高齢者自身に活力があれば、社会に対して大きな価値を生むことができるからだ。
気力を失い、家に閉じこもってばかりではなく、体力と行動力によって高齢者のライフサイクル自体が変化し、ひいてはそれが新たな社会資源につながるのが、これからの高齢社会での理想でもある。
「人間は身体と心を高められるのです。努力すれば、刺激によって理想に向かい、自分を変えられると私は思っています」。