吉行 和子さん 女優

2002年03月-月刊:介護ジャーナル掲載より

働く母の背中から学んだ独立心

正統的演技派女優として映画を始め舞台、テレビで活躍する吉行さんは、NHKのテレビ小説『あぐり』で一躍注目を浴びた母あぐりさんや、兄で作家の故・吉行淳之介さんなど個性豊かで魅力的な一家の出でもある。
「第14回東京国際女性映画祭・映像が女性で輝くとき」の舞台挨拶をされた吉行さんに、今回の主演映画『折り梅』のエピソードと介護問題、またあぐりさんとの思い出やそのパワーの秘密などを語っていただいた。(2002年当時)

◎映画『折り梅』で痴呆老人を演じて

映画祭会場の渋谷区青山・東京ウィメンズプラザには、開場前から観客の長い列ができ、女性たちの熱気に溢れていた。
その忙しい合い間をぬって、吉行さんはひとりで気さくに会場の外へ足を運んでくださった。
「本日上映中の松井久子監督作品『折り梅』は実話でして、私は痴呆患者の役を演じてるんですよ」とにこやかに話し始めた吉行さんの、歯切れのよい日本語が美しい。
「自立して生きていた女性が原田美枝子さん扮するお嫁さんに引き取られたことで痴呆になってしまうのですが、絵を描き始めたのをきっかけに、崩壊寸前になった家族が新たな希望と絆を取り戻すという内容なんです」。
やはりアルツハイマー患者をテーマにした『ユキエ』で注目を浴びた松井監督の第2回作品で、愛知県豊明の市民の大きな支援も得たそうだ。
「町中が協力してくれたので、皆で作った映画という感じがとてもしましたね。それだけ今の高齢社会の中で、多くの方々が介護とか痴呆に関心を持っている証拠だと思います」。
『折り梅』のタイトルは「梅は折れても枯れても花を咲かせることから、それと同じように自分たちも諦めることなく、周囲の人とともに知恵を絞って花を咲かせる一生にしたい、という願いを込めたものなんです」。
かつて50代の女性の恋を描いた大島渚監督の『愛の亡霊』で女優として大きく飛躍した吉行さんは、今回の『折り梅』でも更なる女優人生の可能性を見出したという。

◎母のパワーの源は好奇心

さて人々にお馴染みの吉行さんの母、あぐりさんは94歳で、現在も美容院を経営しているほどお元気だ。
「91歳の時、初めてメキシコへの外国旅行に私も同行しましたが、今まで美容室という小さな世界で同じお客様相手に過ごしてきた母が、広い世界を知ることですごく気持ちが明るくなったんです。
頭の回転も前より良くなり顔つきも明るくなって、旅行はこうも人間を変えるものかと深く感じさせられましたね」。
吉行さんはテレビの『徹子の部屋』でも、旅行中のはつらつとしたあぐりさんについて、「決して弱音を吐かない母のすごさを実感した」と述べているが、では一体そのパワーはどこからくるのだろうか。
「一番は好奇心ですね。『身は老いても心いまだ老いず』というのが母の好きな言葉で、この好奇心旺盛な点が元気の元だと思いますよ。歳を取るといろいろ身体的な支障も出てきますが、クヨクヨしないで他人に甘えず自分でできることは全部やる、という母の気概を私もお手本にしたいと思っています」。

◎仕事で深まる母娘の絆

吉行さんが4歳の時に作家の父が亡くなり、あぐりさんが懸命に働いて一家を支えていたので、家族の団欒とも無縁で母と一緒に寝た思い出もなかった。
「だから代わりに、母の革の手袋をはめて寝ていまして…。それほどスキンシップがなかったんですね。でもそんな忙しい母の背中を見て育ったため、大人になったら当然働くものといった独立心をしっかり植え付けられ、その後の私の生き方自体も自立しながらスムーズに歩めたわけですから、結果としてはとても感謝しています」。
吉行さんはまた、“汎欧州の母”と呼ばれたクーデンホーフ光子の生涯を描いたひとり芝居『Mitsuko』を、8年間演じ続けている。
海外公演も多く、かつて光子が住んだチェコからも上演依頼が来ている。
東京では、4月11日〜14日に日本橋の三越劇場で最終公演の予定である。
「1時間半ひとりでしゃべりっぱなしなので、呆け防止だと思って演じていますよ(笑)。
光子の夫は32歳で急死しましたが、母もやはり32歳で夫を亡くし光子と同様苦労をしながらも前向きに毅然と生きてきたので、自分の人生とダブらせて見てくれているようですね。
また『折り梅』でも出演者全員の気持ちに共感し、『どうしてこんなに涙が出るのかしら』といっていました。
母に感動してもらえるお芝居や映画にこうして出られることをとても嬉しく思いますし、今の私にできる一番の親孝行だと感じています」。
柔らかな笑顔の奥に、他人に対する細やかで暖かいまなざしがあった。幅広い役柄を演じる吉行さんは、これからも素晴らしい作品を私たちに届けてくれるに違いない。