川崎 和男さん 名古屋市立大学大学院芸術工学研究科教授 医学博士・デザインディレクター

2002年10月-月刊:介護ジャーナル掲載より(当時53歳)

次世代のデザインは”Quality of Experience”

川崎さんは、長年インダストリアルデザイナーとして工業製品のデザインを手がけ、国内外で高い評価を受ける一方で、講演や著作を通じてデザインの在り方について熱く語り続けてもきた。
そして現在は、大学教授として次世代のデザイナーを育てる中で、“デザインとは何か”を問いかけている。
その持論は、私たちのデザインに対する認識を覆し、行き詰まった現代社会を“デザイン”が変えてくれるのではないかという、希望を持たせてくれる。

◎眼鏡、車いすから人工臓器まで

デザインディレクターの川崎和男さんは、1972年に金沢美術工芸大学を卒業後、東芝でインダストリアルデザインに従事したのちにフリーランスとなり、各種工業製品のデザインや企業のコンサルティングを行ってきた。
手がけた作品は時計、眼鏡、ナイフから電動ベッドまでと多岐にわたり、数多くの賞を受賞している。今もっとも力を入れているのは、15年来かかわっている光造形システムによる人工臓器の形態開発。
その情報収集に必要な医学博士号も大学教授になった後に取得した。
「博士号がないとアクセスできない、特定の研究者で持っている情報があるとわかったんです。それなら、相手の懐に飛び込んでやろうと思いまして」。
20代で交通事故に遭って以来、車いすでの生活となり、さらに心臓の持病も抱えてはいるが、仕事への情熱が衰えることはない。
川崎さんが使用している車いす『カーナ』は1989年に自らデザインしたものだが、これも各方面から高い評価を受けている作品のひとつだ。
「街を歩いていてショーウィンドウに映る自分の車いす姿を見た時、とても惨めに思えてしまったんですね。
これではいけない、自分のための車いすを作らなければ、デザイナーとしての能力が試されている、とその時考えたんです」。

◎気持ち良く諦めて潔く生きる

川崎さんが名古屋市立大学芸術工学部の教授になったのは1996年のこと。
30年にわたり著作や講演などで熱く語ってきたご自身のデザイン論が、今、大学を介して次世代に伝えられている。
「いちデザイナーとしてものをいっても、評論家で終わってしまう。
それよりは、学識者という立場で発言したほうが効果があるんです」と語るように、川崎さんにとっては大学教授という職も“デザイン”という仕事に対するひとつの手段なのだ。
ご自身のファッションや大胆な語り口からも、大学教授である以前にデザイナーであるという矜持を感じさせる。
また、大学人となったもうひとつの理由は、“人生の残り時間”を考えたからだという。「心臓を患って生死の境をさまよった時、これからどうすればいいのかという僕の問いに、主治医が答えた言葉は『諦めることですね』。
考えてみれば人間とは、遺伝子の中にすでに死がプログラムされている逆説的な存在です。
気持ち良く諦めて、潔く生きようと思いましたね。
きちんと遺書を残して亡くなった母や、また晴耕雨読を旨として、子に美田を残さずに逝った父の在り方にも影響されたと思います。
それで、次世代に“伝える”仕事をしていくことを考えたんです」。

◎デザインとは世の中を変えていくもの

川崎さんは「デザイナーとは絵を描く人という誤った認識がされていますよね」と、現在のデザイナーが置かれている状況に疑問を投げかける。
「本来、デザインとは設計と意匠の意味であり、ものごとの根本、いわば哲学の部分から理想の状態とはどうあるべきかを考えることです。
デザイナーとはその理想を形態として実現していくことが役割ですから、製品づくりの一部門ではなく、トータルに指揮する“ディレクター”であるべきなんです」。
そして、次世代のデザイナーたちには、この状況を、さらには社会をも変えていってほしいと願っているという。
「デザイナーをcreator(クリエイター)ともいいますよね。
大文字でCreatorと書くと創造主、つまり神のことです。
そのように、デザイナーは世の中を変える力を持っているし、ディレクターとしてある程度のわがままさも必要なのです。
また、世の中に大きな影響を与えうるからこそ、自分の創造したものがこの先どうなるかという“予知能力”と、膨大な知の集積の労をいとわない“謙虚さ”、そして、それをまとめ上げていく“感性”が必要な仕事だといえます」。
「これまで売るためのデザインが重視されてきましたが、次の時代には、クオリティ・オブ・ライフ(生活の質)を実現するためのデザインが主流になる。
もっといえば、クオリティ・オブ・エクスペリエンス、つまり経験の質をデザインすることが重要でしょう。
どのような経験をするかが人生を決定づけます。
経験とは“モノ”を含め、人間を取り巻くすべての環境に左右されるわけですから、これから、デザイナーの活躍する領域はどんどん広がっていきますよ」。
デザインとはより質の高い“生”を生きることそのもの—川崎さんの生き様に触れながら、そんなことを思った。