常に自分らしく、“本物”にこだわる
俳優 藤村 俊二さん
オヒョイこと藤村俊二さんは、その飄々とした風貌と語り口で、世代を超えて親しまれている。鎌倉生まれの東京育ち。テレビCM界に旋風をもたらした、レナウン『イエイエ』(1967年)の斬新な振り付けで注目を浴び、その後はドラマにバラエティーにと幅広く活躍中。ドリフターズの『エンヤーコラヤ』という主題歌の振り付けも手がけた。96年にオープンした、東京南青山の『Wine & Bar O’hyoi’s(オヒョイ’ズ)』のオーナーでもある。
●ヒョイヒョイとマイペースで
演出家を目指して、早稲田大学演劇科に進んだ。だが演劇理論だけでなく歌や踊りなどすべてを身につけようと、大学を中退して東宝芸能学校の第一期生になった。「そこで初舞台を踏まされたんですよ、東宝ミュージカルの。榎本健一さん、三木のり平さん、有島一郎さん、越路吹雪さんなど、きら星のごとしでした。だけど僕はもともと演出家志望なので、舞台に出たくなくて逃げて歩いてた。で、ヒョイといなくなるから、オヒョイとつけられたんです」なんともほんわり温かい、まさに言い得て妙なニックネームである。浮沈の激しい芸能界で、変わらぬ人気をキープし続けている理由がわかるようだ。「いや運がいいんですよ、僕は」と、さらりという。「生まれつきの利口者や金持ちよりも、長い目で見れば運のいいやつがいいっていう言葉通りに」素晴らしい友人にも恵まれた。今はできるかぎり毎日、『オヒョイ’ズ』に足を運んでいる。「ここを作ったのは、イギリスの本物のオーク材を使った建物の中で、アメリカのジャズを聴き、フランスのワインを飲みながら、日本人の口に合った西洋料理を食べるのが一番ステキだと思ったからなんです」だから、“ホンモノ”にこだわる。まがい物は嫌だ。頑固である。「シルキータッチだとかカシミヤ風のって、僕はおかしいと思う。この建物もイギリス風ではなくて、すべて本物。大工さんもイギリス人だし、家具もぜんぶイギリスのものです」
●本物の食の中には愛情がある
本物へのこだわりは“食”の世界にも及ぶ。JR東日本のシニアを対象にした『大人の休日』の、藤村さん流の言い方で“イメージ爺をやってる”関係で、旬のこだわり駅弁を監修した。ご飯は国産有機認証米を使い、おかずの食材も吟味を重ねた逸品だ。さらにお弁当箱は持ち帰りができる秋田杉製の二段重ねで、箸はヒノキの六角箸。ナプキン代わりのロゴ入りハンカチがつく。「というのも、僕はご飯の上にシャケとコブが一緒に乗ってるみたいな仕出し弁当とかロケ弁の類いが好きじゃない。あれはエサですよ」と手厳しい。「僕らの世代は食べ物の中の愛情を食って育った。今はちゃんと愛情を食べさせていないから、平気で人を殺めたりする事件が起きるんではないでしょうか」確かに現在の日本は殺伐としたできごとが増え、若い世代の半数が将来の夢を持てなくなっているという。その原因はメールや携帯電話ではと、藤村さんは警告する。「つまり、相手の目を見ないでものを言うようになってきたから。僕たちの若い頃は、こんな風になりたいと思う大人がいっぱいいました。それに比べて、今は大人自身がみっともない。これでは、いい子供が育っていきませんね」
●他人と比べるのは不幸の始まり
年齢を重ねるのは、あんがい素敵なことかもしれない。ダンディな藤村さんを見ると、素直にそう思える。では魅力的なシニアになるにはと問えば、「世の中、比べることが多すぎるんじゃないですか。比べるのは不幸の始まりですよ」と微笑する。そんな藤村さんが深い共感を覚えた本が、医師の久家義之さんの『老いて楽になる人、老いて苦しくなる人』(ビジネス社)だった。「この中に“楽老人になる十か条”というのがあって、期待しない、油断しない…と続いて、9つ目が家で死にたければ病院に近寄らない。で、最後に、この十カ条みたいなものは信用しないってあるんです(笑)。つまり、自分の十か条を持ちなさいってことですね。うわっ、すごいなと思いましたよ。また運動していい体質と、運動より休んだ方がいい体質とがある。だから、みんな一緒に同じ体操をするなんておかしなことですね」同様にバリアフリーに関しても、階段はあった方がいい。「だって、階段がないと昇ろうという気がなくなるでしょう」と笑う。イギリスの古い昔のパブには、“ドレス・カジュアル・バット・スマート”と書いてあったそうだ。「品のあるカジュアルですね。ドレスはカジュアルでいい。だけどスマートにということ」もしもあなたの心が日々の喧騒の中で疲れたとき、あるいは大人同士のスマートな会話を楽しみたいとき、そんな夜は「オヒョイ’ズ」の扉を開けてみるといい。きっと、カウンターの端に座った“オヒョイ”さんが、やさしい笑顔で迎えてくれることだろう。「僕の家へようこそ」と。