小泉 武夫さん 東京農業大学教授

2004年07月-月刊:介護ジャーナル掲載より(当時60歳)

日本人には『魚食』の遺伝子が備わっている

人呼んで『味覚人飛行物体』。福島県の酒造家に生まれ、幼少にしてすでに健啖家ぶりを発揮、長じてスーパーミラクル級の胃袋の持ち主・小泉教授となる。
専攻は醸造学・発酵学・食文化論。『食に知恵あり』『納豆の快楽』など著書も多数。地球上のあちこちへ神出鬼没のかたわら美味珍味を食する、日本で最も多忙でエネルギッシュな教授が、BSE(牛海綿状脳症)や鳥インフルエンザ騒動で揺れる日本の食事情に、大きな「喝!」を入れる。

◎効率優先の農畜産が感染症を招いた

昨年末から立て続けに、米国牛のBSE感染や鳥インフルエンザ、コイ・ヘルペスが発生し、日本の食の世界に激震が走った。この異変の背景にあるものとは?
——BSEにしても鳥インフルエンザにしても、人間に対する牛やニワトリの復讐が始まったのだと言えるんじゃないでしょうか。
その理由は日本の農業の変質です。それまでは牛に牧草を食べさせ、堆肥を使った肥沃な土で農作物を作ってきた。
ところが昭和30年頃から、楽してお金を儲けようという風潮が強くなり、流通システムも変わってきました。
農作物の99%に化学肥料を使い、牛も牛乳をたくさん出す品質のよいものを早く育てようと肉骨粉を与えたのです。つまり牛に牛を食べさせたわけ。
しかし高等動物の場合、これはとても危険で、同じようなタンパク質を持った遺伝子が体内に入ると、異常タンパクができやすい。それがプリオンです。
またニワトリも身動きできない小さな檻で飼って、大きなストレスを与えています。
私たちは微生物学をやってるからわかるけど、ウィルスはすぐに突然変異を起こしてしまいますから、鳥インフルエンザのように強力なものが出てきたら、いっぺんに罹ってしまう。
このように20世紀後半から、人間のエゴイズムのための農業や畜産業をやってきた反動が、今の事態を引き起こしているんだと思います。

◎日本は最低の自給率

BSEによる米国産牛肉の輸入停止で牛丼店にはお客が行列を作り、牛肉の代替品の鶏肉までも輸入停止になった。こんなことで、果たして日本の食は大丈夫だろうか?
——BSEや鳥インフルエンザなどの背景には、もう1つ、「日本の食糧自給率」の問題があります。
日本のカロリー換算の食糧自給率は今39%で、これは政府発表ですよ。
その他の先進工業国は、オーストラリアが327%、カナダが184%、フランス138%、アメリカ127%、ドイツが104%で、日本がこれでしょ。
日本人が食べてるものの6割近くが海外からの輸入で、こういう状態では安心と安全をくださいなんて言えませんよ。
また水産でも、かつて日本は世界一の水産王国だったのが、今では自給率は47%です。だからBSEなどの問題が起きている今こそ、私たちは非常に重要な転換期に来ている。
かえってチャンスなんだと思うべきです。
とにかく日本の食料自給率を高めなければならない。
そのためにもまず第1に『地産地消』運動を徹底的に推進すること。
その土地で作ったものをその土地の人たちが食べれば、農家も活性化して収入も増えます。第2は日本人の食生活の見直し。
日本人が肉食を始めたのはたった50〜60年前からに過ぎず、それまでのタンパク源のほとんどは魚と大豆なんですね。
だから日本人はもっと魚を食べるべきだと。そうすれば、漁業関係だって活性化してきますよ。

◎今こそ日本の食文化を見直すべき

もともと魚や大豆を食べてきた日本人。肉食に偏った結果、種々の問題も噴出してきたが。
——日本人は長い間魚を食ってきた。だから日本人には魚が一番合っている。
つまり魚に対応した遺伝子が組み込まれてるんですね。
では肉と魚はどう違うかというと、まずタンパク質の素であるアミノ酸の構成が違います。また魚の油は体にいい不飽和脂肪酸なので、牛や豚の脂肪と違って固まりません。
さらに日本人は奈良時代から大豆を食べてきておりまして、味噌・しょう油・納豆が大豆の御三家ですね。そして大豆のタンパク質含有量は牛肉よりも高い。
こうした和食は他のいかなる民族の食べ物より素晴らしいもので、栄養とカロリーのバランスに優れ、すべての食材がヘルシーです。
ところが今の日本人はこうした優れた和食を捨てて、高タンパク・高脂肪・高カロリーの欧米食にばかり走っている。
どの民族にも固有の遺伝子があって、この遺伝子というのは民族が正しく健康的に生きていくためにプログラミングされています。
そして民族の食というのは本来、保守的でなければならない。
日本人は肉なんか食わなくても戦後の焼け野原からすぐさま復興した底力を持っているんだから、21世紀は食料が戦略兵器であることをしっかり自覚して、伝統の食文化を真剣に守っていかなければいけません。